コロンバンガラ帰りの主人公は、五月に故郷の隠岐に帰省し墓参りをする…。そしてその後の、今までと大きくは変わらないものの、少しずつ何かが違っていく日常。違っていく、というよりは、不安が少しずつ増えていく。
「わたしは生きていくのが不安です」という想いがテーマなのだろうか。冷静かつ客観的に描かれてはいるようだが極めて個人的な苦しい記憶、伯父たちの戦争体験、土地の少々血なまぐさい歴史、そして周囲にいる人々の欲と無防備さ。とにかく雑多になりがちな要素を「坂」というイメージで少しずつ紡ぐことで、全体に妙な統一感をつくりあげている。その随所に詩人らしさがちらちらと。
「坂」は「逆さ」に通じる…とすれば、本作は実は「わたしは生きていくのが不安です」と言いたいのではなく、「わたしは生きていくのを実は案外楽しんでいる」ことを伝えたいのかもしれない…が、それはちょっと深読みしすぎかな。ただ、少なくとも語り手は自分の周囲に起こった出来事や見知った出来事を、記憶の中で無理やり繋ぎ合わせておもちゃにしているようなところがある。本作、時空を超えた壮大な不幸の数珠つなぎだとすれば、かなり自虐的かつ社会批判的・歴史批判的だが、そうではない、と読みかえてみれば、非常に楽しい小説になる。妖しい部分でギリギリのバランスを取っているのだが。
- 出版社/メーカー: 講談社
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