わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

古井由吉『槿』

 癌の疑いで入院していた、さほど親しくもなかった友人は、癌でこそなかったものの、精神をやられて転院してしまう。一種の加害者妄想。まじめで、実直で、他者への思いやりも最低限はかかさぬようなニンゲンだからこそ、陥りがちな狂気。ならば正気とは、なんなのだろう。ふまじめに、狡猾に、自己中心的に生きることで保てるのが正気なら、狂気に陥る者のほうがニンゲン的と言えるのではないか……もちろん、古井はそんなことまで書かないけれど、どうしてもそう深読みしたくなる。
 そして、変質者につきまとわれやすい女・井手と、精神を病み自殺した友人の妹・萱島は実は友人同士であったことが判明する。主人公の杉尾は、井手とは寝たが、そこに生々しい肉の感覚は伴わないように読める。一方、萱島とは寝ていないのだが、二十数年前のほんのわずかのやりとりが、妙な肉体的生々しさを感じさせ、それを相変わらず引きずっているようだ。