「群像」2020年7月号掲載。
戦死した父の形見の文庫本をゆっくりと、気になるところを手帳に書き写しながら読み進めるのを日課にしている初老の男性・阿見さんは、トラックのバックする時の音を聞いて父と戦争の記憶をよみがえらせる。だが、おそらくそれは当時三歳だった阿見さんが覚えていられるはずがないから、偽の記憶だ。人は記憶を、大切にしながらし、しかし時に補いながら、そして時に書き換えながら、生きていく。
童謡「桃太郎」の歌詞の侵略戦争的な表現の話も触れられていたが、この歌、今あらためて読んでもやはり背筋が凍る。そもそも、「桃太郎」という童話自体が妙だから。突然の鬼征伐という名の侵略、わずかな兵糧での徴兵、喜んで付いていく動物たち、そして鬼ヶ島からの略奪…。