五時四十分起床。昨夜は東北・北海道で大きな地震があった。テレビから突然流れる緊急地震速報のあの音は何度聞いても慣れない。慣れないようにつくってあるのだろうが、おそらくつくった人は、慣れない音というのをつくることに長けていたのではないか。あるいは、慣れない音をつくるために慣れない音について研究しつくしたのかもしれない。しかし、慣れないこともつづければ、やがては慣れる。その慣れのなかに慣れなさを発見できるか否か、ということか。なんだか先日の「THE MANZAI」のかまいたちのネタみたいになってきたな。被災地の方にはお見舞い申し上げます。
仕事。某企業のセミナー関連を、ほぼ一日中、黙々と。
夜、食事しながら「さんま御殿」。人間国宝がずらずらと。おもしろい話ばかりだったが、一方でめんどくさそうだな、この世界は…とも感じた。面倒くささは、果ての部分で慣れなさに通じるか。芸の世界では、慣れは怠惰、ゆるみ、とちりといったものを引き起こしかねない。円熟とはほど遠いことになるだろう。だとすれば、面倒くささは怠惰のブレーキ役として機能しているのかもしれない。
鈴木涼美「不浄流しの少し前(21)」(「群像」2025年12月号)。お受験、そして小学受験。これまた面倒だなあ、と思いつつ、知らない世界に少し感心してみたり。



