五時四十分起床。今日から年末年始のお休み。夏休みは毎年満足に取れないのだが(というか、取る気があまりない)、この時期は休むようにしている。大掃除はしたいし、年始に夫婦お互いの実家に顔も出したい。
午前中はせっせと掃除。書斎の片付けをしていたら、先日処分したはずなのに、捨てていなかった資料が大量に出てきた。
午後は買い出し。無印良品でぼくの枕、妻のパジャマなど。西友でタオル、スリッパなど。その足で荻窪の義実家に向かい、少しお茶をして、よもぎ餅などいただいてから帰ってきた。
戻って掃除再開。不要なケーブルがまだまだ出てきた。
夕食はキムチ鍋。食べながら、日テレの保護猫・保護犬番組を観る。サンシャイン池崎が預かっていたブルボン、ものすごく猫ファーストな方に引き取られた。ベストな選択だったんじゃないかな。
保坂和志「鉄の胡蝶は夢を記憶は歳月は彫るか(89)」(「群像」2026年1月号)。タイムマシンの、親殺しのパラドックス。タイムマシンで自分が生まれる前の時代へ行き、そこで自分の親を殺したら、自分は生まれなかったことになるので自分は消えてしまうのか、それともいわゆる「別の世界線」、パラレルワールドがそこから発生し、自分が存在する世界と存在しない世界、二つの世界が生まれてしまうのか。これは「タイムマシン」という存在あるいは機能が持つ矛盾点を指摘するための例でしかないのだが、作品に登場した若い編集者は、「どうして親を殺す必要があるんですか」と問う。この場合、科学的ではなく人文的で社会的な発想回路を持っていないと出てこない。要するに科学的な議論をしているのにそうではない視点を持ちこんでしまうので議論は平行線になる、あるいは成立しないということになるので、こういう問いを発することはおそらくルール違反というか、してはいけないことなのだろう。だが、科学という分野はおそらく、こういう問いを無視し続けてしまったがゆえに、人類を物質的に豊かにしてきた一方で、精神的・社会的な歪みのようなものを生じさせてしまってもいるのだろう。




