五時四十分起床。金ごまの夢を見た。金ごまのパッケージを手にしていた。それ以外は何も覚えていない。
仕事。朝から事務処理。そして銀行へ。なんだか慌ただしい。
午後からは腰を据えて作業。某案件の原稿を書く…と言いたいところだが、まだ資料整理の段階。
保坂和志「鉄の胡蝶は記憶を歳月を夢の彫るか(92)」(「群像」2026年4月号)。〈昼の思考〉と〈夜の思考〉の続き。アンリ・ボスコという南フランスの作家の「ズボンをはいたロバ」という作品が、〈昼の思考〉から自由になった風景描写の例(なのかな…そう断定できないところもあるが)として引用されている。保坂さんは「音楽が聞こえてくるよう」と言っている。ぼくも同感。そして、たったこれだけの文章なのに、びっくりするくらい場面が、というか、映像に喩えるならカメラワークが、コロコロと変わる。それが妙に心地よい。引用の引用になってしまうが、引用。
林間のあき地に出ると、日ざしがまぶしく、土はくぼんで低くなっていた。ここかしこにとげとげしたヒイラギモドキの茂みがあき地を区切っている。鳥ひとつ飛ばず、なんの物音もしない。ぼくは肥えた畑地もつ人々や村から遠くはなれ、ほかほかのパンや燠火やさわやかなシャボンなどのにおいのたちこめる小さな炉ばたのある家々から百里もはなれたかなたの向こう岸にいるのだ。ぼくはこわかったがしかしよろこびにひたっていた。山の一隅のこのあたたまった一片の土地の平和を乱して前へすすむのがはばかられた。
軽く調べたが、どうやらこの作品、失楽園の物語らしい…。



