わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・哲学・思想の読書日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

忘却、そしてその場まかせ

 六時起床。心配していた雨はまったく降る気配がなく、安心して洗濯ができる。妻が出張でいない時は自分で洗濯機をまわすことになるが、簡単な作業だというのに慣れてはいないから、必ず何かしか、小さなことに疑問が湧いたり戸惑ったりする。その場でなんとか解決できることばかりなのだが、解決したそばから、どうやって切り抜けたのかを、すべて忘れる。覚えていないから、次に洗濯機を使う時に、またおなじようなことで戸惑うことになる。人は成長するものである一方、忘却するものでもある。忘却の原因はおそらくは無関心と切羽詰まった必要性、なのだろう。家事に無関心なわけではないから、自分の場合は後者の「必要性」の影響が大きいのだろうけれど、おそらくは日々の家事の繰り返しのなかで、基本的には自分の担当外ということが、必要性はあるにもかかわらず、ひとまずないことにしておけ、といういい加減さや甘えを生み出しているのだと思う。だからといって、その甘えをなくし、あれやこれや、すべての家事に厳しく臨むつもりもない。ようするに、その場まかせだ。

 夕方まで仕事。なんとか予定していたところまで終わったので、一時間ほどウォーキング。

 夜、妻が帰宅。仙台のイベントも好評だったようだ。

 

 読書は安藤礼二「純粋天皇の胎水」(「群像」2019年10月号掲載)。大江健三郎論、つづき。今月号は大江の特集なんだよね。「全小説」の配本が完結したから。『晩年様式集』が最新作なのだと思うが、おそらく5年くらい前。もう高齢だし、長編は難しいのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

折口信夫

折口信夫

 

 

大拙

大拙