わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

鷲田清一『〈ひと〉の現象学』読了

 (ぼくの敬愛する)ヨウジヤマモトをはじめとするファッション/モードの哲学論考、そして「臨床哲学」の実践者でもある著者の、2013年の作品。「ひと」とは何なのかを、「何のために生きるのか」「なぜ生きるのか」といった青臭くてステレオタイプ的な切り口をほとんどすることなく論考している。例えば第1章は「顔」だが、社会構造において、そしてコミュニケーションにおいて、さらには個人のアイデンティティとして、さらには存在論的な観点から、顔の機能・役割を冷静に分析している。最終章は「死」。死を「屍体」=モノと「死者」=ヒトに分けて捉えていくことで、身近な者が死ぬこととは自己投影された他者、「他者の他者」である自分の存在に対する不安につながる、さらには死=不在なるものについて語ることのなかで〈生〉の意味が構築されていく、と語っている。
 こういった論考は、実際の人生に直接的に役立つなんてことはない。ただ、何かを深く考え、新たな知見を手に入れるための頼もしい道具の一部になることだけは間違いないだろうし、そもそも、理系的・唯物論的な世界認識を超えて人の存在について考察すること自体が、ぼくは大きな、ミニマムでありながらマキシマムであることを、そして断絶されながらもつながっていることを、ミクロ社会的にもマクロ社会的にも強要される傾向がますます強まるであろうこれからの時代を、しっかりと支えていくための柱になる。そんな可能性を感じてしまうのだ。
 本書を読み進めるにあたって、おそらく哲学的・思想的な下地はそれほど必要ではない。文章を読解する力さえあれば、十分に楽しめるし、先に語った通り間接的にではあるが、必ず役に立つ。あとでもう一度読み返そうかな、とも思いはじめている。
 
<ひと>の現象学

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「聴く」ことの力: 臨床哲学試論 (ちくま学芸文庫)

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ちぐはぐな身体―ファッションって何? (ちくま文庫)

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たかが服、されど服 -ヨウジヤマモト論

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