「群像」2020年12月号掲載。ようやく読了。この評論を読んでみて、あらためてこの『水死』という作品が、英米の古典文学、民俗学、神話・伝承といった大江健三郎らしい要素を緻密に積み上げることで成立している作品であること、そして大江風に言えば(著者の工藤はこの言葉を使っていないけれど)「知のたくらみ」が、衝動的・情動的な感覚とともに満ち満ちている。少し距離感のある怒り、とでもいうのだろうか、リアルタイムに読んだ時はそんな印象を漠然と受けたのだが、その怒りは知や理性、そして自然や超自然への興味関心のフィルタを通じて、巧みにコントロールされている。そのコントロール能力こそが作家の力であり、物語を動かすエンジンなのかもしれない……少なくとも大江健三郎という作家の場合は。