「群像」2021年3月号掲載。この連載評論もいよいよ最後(なのかな)。大江さんが震災直後からリアルタイムに自分をモデルにしつづけながら二年以上にわたり「群像」で連載していた小説。この作品、それまでの大江健三郎の仕事をすべて否定しかねないような自己否定観、彦批判感の強い内容と、暴走老人ともとらえられてもしかたないほどの、当時の社会問題に対するアクティブな抗議行動、そしてその末の消耗…といった内容が、現実と虚構をおりまぜるようにしてつむがれているところがあまりに奇妙すぎて、とても不思議な気持ちになったのをよく覚えている。それを、後期大江作品については随一の読み手とも言える工藤さんが緻密に論じている。この作品は(本稿の中で工藤さんも書いているが)、全文章に異様なテンションが満ちていて、読んでいて気が抜けない。評論家としてこれに挑むのは大変な仕事だと思う。