今朝も五時四十分起床。平日とおなじように身支度、そして動物の世話。コジコジのカゴはバラして掃除した。また軽度の換羽が来ているようで、綿毛がいくつも落ちていたり、カゴの針金に絡んでいたり。
掃除。妻は個展会場の高円寺「猫の額」へ。ぼくは書斎にこもって仕事。某案件の企画書を作成。乾麺のそばとスーパーで買ってきた助六で昼食。
十五時すぎ、業務終了。5kmほどウォーキング。ランニングしたい気持ちは強いが、先週のランニングのあと、軽いアキレス腱痛があったので今週は完全休養することにした。少し扱ったのでウォーキングもそれなりに体力は消耗する。帰宅後、少し休んでから夕食を途中までつくった。鶏肉のカシューナッツ炒め。
夜、妻帰宅。おかげさまで個展は盛況。ありがとうございます。
当たり付きミニ額、特賞でましたー! I さま、おめでとうございます㊗️ pic.twitter.com/IwV9dzbvlO
— 梶原美穂5/27-6/8個展「ネコマトぺ」高円寺・猫の額 (@kajiyon) May 28, 2022
今日は夫が晩ゴハンを作ってくれてました。鶏肉のカシューナッツ炒め。うまうまー😋(スープと中華サラダは私が作った)ごちそうさまでした。 pic.twitter.com/veYCrgNLGM
— 梶原美穂5/27-6/8個展「ネコマトぺ」高円寺・猫の額 (@kajiyon) May 28, 2022
鷲田清一「所有について(14) 解離」(「群像」2022年6月号掲載)。モノ=者/物の所有という概念が自己の内面というか自我というかに深く関わるという考え方はショッキングだった。所有の概念が曖昧になり、侵害されたと思い込み、やがて自我が崩壊する。文明の進化の歴史は所有する/されるが基底にあるのは間違いないようだ。