わたしが猫に蹴っとばされる理由

文学・芸術・哲学・思想の読書&鑑賞日記が中心ですが、雑食系なのでいろいろ取り上げてます。猫もいるよ♡

2006-05-01から1ヶ月間の記事一覧

古井由吉『聖耳』

「日や月や」。空襲から逃げるひとりの女。戦争という極限的状況は、ひとに異常な感覚を、そして異常な力を与える。たとえば炎に対する恐怖は薄れ、いや炎を認識することさえできなくなり、一方で勘は冴え無意識は顕在意識以上の働きを見せ、火事場の馬鹿力…

小便は間違い

三時、花子に大騒ぎされる。三十分ほど付き合う。 朝起きたらまず何をしなければならぬのか、その判断もつかぬくらいに脳が停滞している。脳が指令を出さないからか、それとも脳の指令を拒否しているのか、体がまったく動かない。おそらくは夜中の三十分が原…

西荻窪 ムッシュ・ソレイユ

パン屋さん。自然志向と本場ヨーロッパでもかくや、と思うほどに洗練され極められた味わいのパン。ハズレがひとつもないという奇跡のような品揃えだ。おすすめは、馬蹄型のゴルゴンゾーラチーズと蜂蜜をかけて焼き上げた「ゴルゾー」。臭くて、香ばしい。し…

古井由吉『聖耳』

「朝の客」。祖母が他界した日の朝、古くからある屋敷の一階で遺体とともに過ごす若い男。男は障子越しに人影を見る。どうやらそれが泥棒らしい。こう書くと何やら「答えてちょーだい」あたりで再現VTRにされそうなオマヌケエピソードと思えるが、古井氏の手…

恢復するペン先

七時起床。いや、六時三十分には目覚めたのだが、ぼくの枕元でいつ起きるのかじっと待っている花子の視線を感じながらも、ぼへーっと意識が散ってしまってなかなか起き上がることができなかった。 昨日に引き続き、今日もめずらしく打ち合わせがない。午前中…

再生

六時四十分起床。雨音はしない。しかし朝日も届いてこない。風も止まっている。静かな朝だ。花子の鳴き声と、ぼくが身支度でうろうろする足音だけがしずかに響く。 朝から納品をふたつばかり済ませ、その後は某生命保険会社のWeb サイトに集中。十五時、外出…

古井由吉『聖耳』

「犬の道」。高層ビルになっている病院の、高い階の病室で過ごす初老の男が、想像のなかで愛犬に外をうろつかせる。幻想のなかの犬はいつしか男の記憶の世界にとびこんでゆく。現実、幻想、記憶と異なる世界を自然に、あたりまえのように行き来できる文体。…

雨が止むのを待っている猫

今朝も七時から延々と花子に起こされ続ける。遠くで近くで、と場所は変われど、鳴き声はやや強弱があるものの変わらない。フーン、フーン、と、人語に訳せば「はやく、はやく、もう、おそいんだから」と急かすようなトーンの音を、おそらくクチを開けずに出…

日本橋 ラ・ベットラ・ペル・トゥッティ

銀座にあるイタリアンの名店「ラ・ベットラ」の姉妹店。ランチコースをオーダー。前菜はプロシュートのサラダ、カツオのカルパッチョ(というよりイタリア風お刺し身)。桜エビ・空豆・あさりのスパ、サーモンとアスパラのクリームスパ。アスパラ本格イタリ…

日本橋三越・色彩の画家 梅原龍三郎展

ごめん梅原さん。今回は失敗ですよ。選ばれた作品が、そして並べ方が悪かったんだと思う。薔薇の花は多少魅力的だったけど、あのタッチがすでに現代性を失っていることを強調するような見せ方だった。それから風景画、印刷物のほうがエネルギーを強く感じる…

東京藝術大学大学美術館・大正昭和前期の美術

伝統や美術の世界の形骸化から抜け出すために四苦八苦した結果、豊かな表現的自由を得ることができた作家たちの作品、とでもいおうか。主題探しの迷路から抜け出せずにいる現代美術にはない、美しきものへのストレートなあこがれと熱意が感じられる。以下、…

「展」三連発

七時、花子が枕元で大騒ぎをはじめる。いつも起きる時間が来た、なぜ寝ているの、そう言われているような気がしてならない。カミサンは、「花子はキミのことを世話しているつもりなんだと思う」とよく言う。たしかにその通りである。ぼくに甘える花子には、…

古井由吉『聖耳』

「晴れた眼」読了。「白い糸杉」。物語、というほどの筋はない。主人公は、目を患いながらも日々を過ごし続ける。病室で、そして手術と手術の合間の、退院しているときの旅先で。眼には異常がある。入院中はガーゼに覆われ視界は奪われる。だから主人公は、…

左手で箸

六時三十分起床。早朝から仕事。二、三の案件が同時に佳境を迎えているので少々シンドイが、気力で乗り切る。 腱鞘炎、さらに悪化。食事は左手で箸を使うなど気を遣ってみる。 終日座っていたので坐骨神経痛も出てきた。就寝前にたっぷりストレッチしておく…

手が痛いので短めに

七時起床。久々の快晴。少し歩くだけで汗ばんでくる。「ヨウジヤマモト」で購入したセットアップを下ろす。 午前中は小石川で打ち合わせ。午後からは某IT企業新聞広告、某学園広報誌、某金融団体パンフレットなど。 腱鞘炎が悪化してきた。インドメタシン配…

古井由吉『聖耳』

1999年から2000年にかけて発表された連作短編集である。「夜明けまで」を読みはじめる。片目を手術した主人公は、病院の眠れぬ夜のあいだに夢か幻影か想念かはっきりわからぬ何かを見る。手術して恢復していない目が幻影を見ているのか、そう(書いてはいな…

Japan「The Very Best of」

十歳のころから聴きつづけている。X JapanのHIDEも、ラルクのHYDEやKENも、LUNA SEAのSUGIZOも、みんなJapanで育った。近ごろのデヴィッド・シルヴィアンの作品は難解さと閉塞感(孤高感といったほうが正確か)が強すぎるてらいがあるが、Japanには商業主義…

The ghosts of my life grew wilder than the wind

六時四十五分起床。午前中から神田にて某金融団体パンフレットの打ち合わせ。ちゃっちゃと済ませ、荻窪に戻る。駅の改札を抜けると、無性に本屋へ行きたくなった。ほしい本は今のところない。おもしろい本を見つけられる、と直感が教えてくれているのだろう…

大西巨人『縮図・インコ道理教』読了

この作品は、オウムをモデルとした大量虐殺宗教集団「インコ道理教」の教義や歴史の「縮図」ではない、と作者が巻末に書いていた。インコ道理教という組織は、大量虐殺を行った神国であるという意味において、第二次世界大戦中の皇国日本と共通点があり、だ…

激辛ドーナッツ

六時三十分起床。今朝も喉の内側グルリに激辛味のドーナッツがまるまるすっぽりと収まっているような、そんな感覚の痛みを感じる。だが、一時間もすれば収まってしまうから不思議だ。 曇天。空は雲に覆われ平坦に見えるが、地上では風に揺れる葉の重なる音が…

喰わずに夜まで

六時三十分起床。昨日のイタリアン、胃にはかなりの負担だったのか少々もたれぎみ。加えて喉が猛烈に痛い。これはイタリアンとは無関係だろう。思いきって、今日は絶食することにする。食べないと免疫力や自然治癒力は高まるようである。 キャパシティを越え…

大西巨人『縮図・インコ道理教』

当代文学会員のB氏は、国家権力のインコ道理教に対する感情を「近親憎悪」と表現する。それはどういう意味か。文芸誌編集長たちの追求がはじまる。 ちなみに、「近親憎悪」という言葉は広辞苑をはじめとする国語辞典には掲載されていないらしい。講談社類語…

荻窪・ドラマティコ

久々のディナー。5,000円のおまかせコース。前菜はアスパラガスの冷製スープ。はまぐりとウニが加えられ、初夏っぽさが強調されている。パスタは手打ち。イワシのトマトソースと、ペスカトーレから選べた。ふたりで一皿ずつ注文して分ける。どちらも魚介なの…

10年

八時起床。空は晴れ渡っているが、今日も仕事である。 十七時過ぎ、切り上げてカミサンと外出。買い物を済ませてから、荻窪のイタリア料理店「ドラマティコ」で食事。今日で結婚して十年になる。多少の波風は立ったが、嵐も津波も海底噴火も起こらずここまで…

大西巨人『縮図・インコ道理教』

文芸誌編集長、高校教師、樋口一葉好きの喫茶店店主の三人の款談。彼らは川端のエッセイに、文壇至上主義と権威主義を見出す。どうして川端批判なのかなあ、と思いながら読み進めるうちに、本作のタイトルの意味がおぼろげながらわかってきた。三人の会話の…

「美の巨人たち」梅原龍三郎

高峰秀子像。鋭さと刺々しさ、負の力をも含んだ生きるエネルギーが力強いタッチで描かれた中年期の作品もいいのだが、それ以上に、九〇歳を過ぎてわずか十五分で仕上げたという、最後の秀子像がすばらしい。老境に至らぬと見えてこないような、生きるよろこ…

ドウブツたちよ、嵐に負けるな

八時起床。午前中は梅雨の中休みを思わせる晴れ空が広がっている。東側のベランダに明るい陽が射し、土だけを入れ植物は育っていない植木鉢に、スズメが時折やってきては砂浴びをし、カミサンが撒いておいたぷちぷちの散らかしたゴハンカスをモリモリと食べ…

大西巨人『縮図・インコ道理教』

天皇制、改憲論、そして樋口一葉。あれあれインコ道理教はいったいどこへ行ったのだろう。 作者はオウムも含めた二十一世紀の日本全体のありようを痛烈に批判したいのかもしれない。